クラシックルート巡礼
谷川岳・衝立岩中央稜
2009年3月19日〜22日
小倉・大串(加島ルーズ)
滝沢リッジを完登するのに6年かかりました。次の目標に移れず悶々とした日々を過ごしていました。それが1年目で登単できました。天気・壁の状態・自分のコンディション・パートナーと全ての条件が揃ったからです。
大串さんにあやめ池まで迎えに来ていただきました。今日は谷川岳登山指導センターに移動するだけだからゆっくり行きました。
指導センターには板の間があります。20人位は寝られます。それにテーブルと長椅子があります。コンロ等の火器が使えます。ただトイレ(冬季)と暖房が有りません。
ベースプラザは暖房が効いていて快適です。ただ、コンロ等の火器が使えないのが難点です。
凄く暖かくて一の倉沢のコンディションが心配でした。谷川岳登山指導センターは貸切りで、早い目に食事を済まして寝ました。
朝、登山指導センターをスタートした時にはまだ星が輝いていました。雪が腐っていて歩き難かったです。一の倉沢出合いの避難小屋を過ぎて暫くしたら雨がポッリと降ってきました。次第に本降りになってきたので一度、避難小屋に戻り様子を見ることにしました。
小屋で休憩していると、男性2人と女性1人の3人パーティーの人達が入ってきました。今日は、何処のルートを行かれるのですかと尋ねると、海外遠征のトレーニングで一の倉尾根を登攀すると言っていました。
突然、その内の男性が言わなければ分からないから言いますが、私は偉いのです。日本でクライミングが2番目に上手いのですと言い出した。その言い方は嫌味が全く無く爽やかでした。焼酎の湯割をご馳走になりながら話を聞いていると、その人は加藤泰平さんという人でした。
1980年、戸田直樹・加藤泰平の2人は谷川岳コップ状岩壁正面壁雲表ルートのフリー化で登山界の閉塞状況に穴を開け、各地で起こっていたフリークライミングの波を大きなうねりにするのに十分なインパクトを持っていたそうです。
雨も止んで太陽が雲間から見えだしたので出発しました。テールリッジが近づくにしたがって、先ほど見えていた太陽が厚い雲に覆われてしまいました。
そして、又しても雨がポッリと降ってきました。テールリッジを1ピッチ登攀した所で雨も本格的になって、風も出てきましたのでベースプラザまで戻って明日、出直す事にしました。
夜は凄い風が吹いていて明日は、天気が回復して風も止んで欲しいなと願いながら仮眠しました。
朝、星は輝いていましたが風は強く吹いていました。気温は低く雪は締まっていて歩きやすかったです。一の倉沢出合いまで来ると風も止んで最高の天気となりました。
テールリッジの取り付きからは、右側の衝立スラブを氷と雪を拾いながら登りテールリッジの2/3辺りのリッジ上に出ました。そこからリッジ通しに中央稜の取り付きまで登りました。
後続のパーティーが追いついてきました。彼ら4人パーティーはテールリッジを末端からリッジ通しに登って来ました。顔を見るとビックリ、加藤泰平さんでした。1人メンバーが増えて中央カンテを4畳半テラスまで登り同ルートを懸垂するそうです。
大串さんにツルベでお願いしますと、打ち合わせをしてから小倉トップで登攀しました。2P目の半分まで登攀してトップを大串さんと交代しました。
2P目の終了点からルートを外れたので小倉が2P目の終了点まで登攀して大串さんに10m程、懸垂してもらい、そのまま3P・4P(核心部)をリードしてもらいました。小倉は核心部の4P目でテンションもかけました。
最初はオーバー手袋で登り、次はウール手袋で、しまいには素手で登りました。
実質、中央稜は6Pで終りなので此処から同ルートを短めに切って、6回程の懸垂で取り付きに戻りました。テールリッジを忠実に2回の懸垂を交えて下降しました。
この日、壁に取り付いていたのは、中央カンテと中央稜の2Pだけでした。
ベースプラザに戻る頃には、真っ暗になっていました。装備を片付けて、湯テルメで温泉につかって、赤城高原SAで食事と仮眠してから帰阪しました。
19日晴れ あやめ池 5:30 → 登山指導センター 14 : 30 (泊)
20日曇り/雨 指導センター 3:20 → 二の倉沢出合い 4 : 50/5 : 00
一の倉避難小屋 6 : 00/7 : 40 → テールリッジ →
ベースプラザ 12 : 00 (泊)
21日晴れ ベースプラザ 3:40 → 一の倉沢出合い 4:50 →
中央稜取り付き 7 : 00/20 → 取り付き 14 : 55/15 :10 →
テールリッジ終了 17 : 00 → 一の倉出合い 17 : 30 →
ベースプラザ 18 : 30 → 湯テルメ → 赤城高原SA 仮眠 →
22日雨 あやめ池 9:30
(小倉)
